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2008年11月17日 (月)

裁判員制度は日本文化に浸透するのか

2009年5月21日からスタートする裁判員制度。

もう11月末には最初の裁判員が通達されるとのこと。

いままで、世界のあらゆる仕組みを取り込み、進化してきた日本。

そして、今回の裁判員制度。

すでに国民が裁判に参加する制度はアメリカ,イギリス,フランス,ドイツ,イタリア等でも行われている。

それを日本にも導入する時がやってきた。

はたして、これはうまくいくのだろうか?

これは国民が裁判をもっと身近に感じるため、司法に対する信頼を向上させるために導入をするとのこと。

だけど、被害者、加害者にとっては一大事の出来事である。

それを司法のことをぜんぜん知らない国民に任せてもいいのだろうか。

特に日本人は、

みんながあっちを向いたと聞けば、あっちを向く。
みんなが賛成と言ったから、自分も賛成。

といったように、他人の意見に左右されやすい。

それに、国際会議では、

インド人をだまらせて、日本人をしゃべらせろ。

というように、日本人は自分の意見を言うのが苦手である。

既に、この制度を導入しているアメリカ、イギリスなどでは

ちゃんと自分の意見を言う人が多い。
そして、個性を大事にし、他人の意見にも左右されにくい。

一方、日本人はまとまりを大事にし、出る杭は打ちたがる。

そんな日本人に、この裁判員制度ははたしてつとまるのだろうか?

結局は、弁護士の力量、プレゼン力がものを言うのではないだろうか。

今回のこの裁判員制度の導入は仕組みのよさだけが先攻してしまって、それに国が追いついていない気がする。

日本にこの制度を導入する前に、政府はもっと日本人がちゃんと自分の意見を言えるようになるように教育をもっと整えるべきだと思う。

まぁ、といっても、今まで日本は世界から色々なものを取り込み、それを日本流にアレンジしながら、うまく日本のシステムに組み込んできた。

例えば、日本語。
中国の漢字から、ひらがな、カタカナを作り、それらを組み合わせることで表現が豊かな言語を作った。

こういった感じに、裁判員制度も、徐所に日本流にアレンジしていき、うまく日本のシステムに組み込めればいいんですけどね。

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「変化」

CHANGE! YES, WE CAN!

この言葉がどれだけアメリカで叫ばれただろうか。

アメリカは今の状態から脱却し、変化したいほど追い込まれているのだろうか。

ちょっと前までは、アメリカの生活と聞くと、

庭とプールがある広い一軒家。広い庭では毎週のようにバーベーキューをし、子供と犬が走りまわっている。

そんなイメージがあった。

しかし、それはだいぶ違うようだ。

アメリカの文化、ドラマや映画などが生み出した憧れによって、
裕福でもない家庭が、高金利のローンを組み、家や車を買う。

そして、今では不動産の価値も下がり、ローンを返せない家庭が増え、家を持たない人たちが大勢いる。

アメリカは先進国一の所得格差を生んでいる。
これが資本主義の宿命なのかもしれないが、やっぱり不平等さは感じる。

生まれた時から人はある程度、未来は決められてしまうと思う。

貧乏な家庭で生まれれば、ろくに学校にも行けず、まともな教育を受けることができない。
その結果、そういった人たちの一部はスタート地点にも立つことができずに、また貧乏な家庭を繰り返していく。

たしかに、一部には、そういった逆境を乗り越えて、成功する人たちもいる。

だけど、それはほんとにひとにぎりである。

同じ人間なのに、生まれた国、場所、家庭によって、みんなバラバラのスタート地点に立つ。

資本主義のように経済を活性化させるしくみは重要である。それに伴って格差はしょうがないことである。

だけど、最初からその格差を決められてしまっているのはあんまりだと思う。

もっと、みんなが最初から同じスタート地点に立ち、そこからその人のがんばりで格差がつくのであれば、多少納得ができるようになると思う。

日本でも東大に行っている学生の家庭の大半は裕福な家庭であるというデータがある。

優位に立っているものが、どんどん優位に立つようになっている。そんな仕組みが世界には蔓延していると思う。
現在の経済でも、金持ちが金を稼ぐ仕組みになってしまっている。そういった金持ちたちの軽い気持ちで、世界の色々な国が危機に陥いることもある。

今回のアメリカ大統領選では、サブプライムローンの影響により世界的な経済悪化が起こり、そのおかげもあってか、経済に強いオバマ氏が当選した。

CHANGE! YES, WE CAN!

このWEがどこまでの人たちを表しているのかがわからないが、この今のおかしな経済の仕組みをぜひオバマ氏に変えてってもらいたい。

世界はやっぱりアメリカが引張っていかなければだめなんですから。

そして、俺も今年(今年度)が最後の学生ということで、新しいことにも果敢に挑戦し、自分自身をレベルアップするために変化していきたい!

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2008年11月16日 (日)

あなたは1ヶ月以上休みがあったら何をしますか?

「飛行機は1年間は控えてください」

と言われてから1ヶ月近くが経った。
俺の最後の青春時代を漫喫するための旅の計画も木っ端微塵に壊された...

あくまでも注意喚起だから乗ってはいけなくはないんだが、
チキンボーイな俺には、そんなことを言われて乗れる勇気は微塵もない!

ということで、最後の青春時代?(←学生最後の2、3月)を思い出深く残すために別案を考えねばならない!!

・青春18切符で日本一周
・バイクで日本一周
・ヒッチハイクで日本一周
・船で日本脱出
・バイト三昧
・読書三昧
・ごろごろして贅沢な時間の使い方をする
・ひきこもる

う〜ん、どうしよう。
後に挙げたものほど可能性は低いけど

まず、ひきこもるはなしだな。
読書は青空の下、自然豊かな所で楽しみたいね。
そういった所で、ごろごろして贅沢に時間を費やすのもありだね。

そして、引っ込み思案を脱却するために現地の人たちと交流をとって人脈を増やす。

うん、いいねぇ。だんだんいい感じになってきた。

ということはまずは旅をすることは決定だな。
問題はどうやって旅をするか。

飛行機は使えないから、海外へは行けない。
船旅っていう手もあるけど、たいていの船旅ツアーは海外の現地へ飛行機で行って現地で乗り込むって感じが多いから無理。日本出発ってのもたまにあるけど、多くは世界一周だったり、何カ国もまわる旅で料金もくそだかい。なので却下。

となると、青春18切符で列車の旅か、バイクか、ヒッチハイクか。

のんびりと車窓から景色を眺めての列車の旅もいいけど、なんかしっくりこない。

ヒッチハイクは日本でなら安全な方なので出来なくもないが、それをやる勇気が自分にはない。
まぁ、これをやればかなり思い出に残るかもしれないが、チキンボーイな俺には無理!

ということで、最後の結論はバイク!
ちゃっかり、今年の夏に中免取ったし

だけど、肝心のバイクがないですが...

そして、それを買うお金もない...

親に50万貸してと言うが、バイクを乗るのに大反対だし...

ローンはなんとなくしたくないし...


どうしよう。

なんとかして親を説得させるしかないな。

ということで、バイクが欲しい!

今は250か400を買おうかすごい迷ってる。
250は車検もないし、車体自体も400より安い。
それに原付しか乗ったことない俺としては、まずは250でステップアップかなとも思う。

だけど、俺ももう今年で24歳。そんなにバイクを乗るだろうかと考えてしまう。

30歳ぐらいには結婚して過程をもちたい気持ちもあるし。そのころには車のほうがいいだろうし。

ということを考えると、バイクに乗るのは6年ぐらい。

今乗っている原付は5年目。まだぜんぜん現役である。

たぶん250,400のバイクだってぜんぜん6年ぐらいもつと思う。
ということは乗るバイクは1車だけだと予想できる。

なら始めから400のほうがいいんじゃないかって気がする。
2年目ぐらいで250に乗ってて物足りなくなって後悔するよりもはじめから400かなっていう思いがある。

だけど、そんな思いもある反面。2年か3年で250に飽きたら、それを売って400に乗り換えればいいんじゃないかっていう思いもある。


つまり、俺、優柔不断なんです!!

もう俺一人では決まられませーん。だれか僕にアドバイスプリーズ。

ということで、今検討しているバイクは

250なら
カワサキの250TR

400なら
ホンダのCB400SS(緑のツートン)

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2008年11月 4日 (火)

飛行機は控えてください

前回の続き。

わき腹から肺へ管を挿されたまま病室へ運ばれ、規則正しい病院生活が始まった。

10時に消灯、6時に起床。食事は薄味、野菜メイン。

空気を抜く機械を引きずりながらの移動。
この入院生活、唯一これだけが大変。

自分が入院した病棟は耳鼻科と内科の病棟だった。

そのため、病室には自分以外はみんな耳鼻科にかかっている人だった。

そのためか、夜には豚小屋に早代わり。

ぐごー、ぐがー

という爆音が病室に響く

寝れねぇよ!

最初の日にこの爆音をしながら寝ている若いにーちゃんが翌日に退院したから

やったー!これで安心して眠れると思ったら

次の日はおやじが二人運ばれてきてどちらもうるさい。

そして、2,3日経ってこのおやじたちがいなくなったら、

次は姿かたちまで豚っぽい大柄な男がやってきた。
それも俺の隣に。

予想を裏切らない爆音が病室内に響く。

そして、俺が退院するまで、この爆音の日々は終わらなかった。


入院生活は6日間で退院することができた。
最初の診療所では、最初の処置で直る確率は10分の1程度で、ほとんどが手術するよ!って言われていたけど、運よくこの10分の1に入ったみたいで早く退院することができた。

早く退院できたのはいいんだけれども、気がかりなのは

最初の処置で直った場合(自然治癒)では気胸は

50%の再発率!!

えぇ~~~。2分の1で再発。

手術すれば、10%ぐらいになるそうだけど。

だけど、この時は手術することなく早く退院することができて喜んでいた。



1週間後のあの一言を聞くまでは。

1週間後に最後の検診と、縫った所の糸ぬきで病院へと足を運んだ。
レントゲンをとり、現在の状況をチェックされた。

問題ないようである。

次は、糸ぬき。

ベッドに横になり、糸をちょっと切り、引っ張って抜く。

これもなにもなく終わった。

最後に先生から事後のアドバイスをいただいた。

「この病気は再発が高い病気です。特に気圧の変化があるところは気をつけてください。例えば、登山とかスキューバダイビングとか飛行機に乗るなど肺に負担がかかるものは控えたほうがいいでしょう。」

えっ!?

飛行機に乗っちゃいけないの。前、先生に聞いたときはパイロットみたいに長く飛行機に乗っている人はだめだけど、旅行ぐらいは大丈夫でしょって言ってなかったっけ?

それなのに、
「飛行機に乗るのは1年ぐらいは控えましょう」

って、そんな先生あんまりだーー!

まぁ、あくまでも控えましょうだから、乗るのは自由だけれど、病院側は責任はとれませんよってことなんだけど。

だけど、そんなことを言われると怖くて乗れないさ。チキンボーイの俺には。

もし、あっちで再発したら、バカ高い医療費を請求されるし。あっちでは何百万単位らしいしさ。

そんなリスクを払ってまで行く気には。。。

だけど、今年で最後の学生生活。その卒業旅行に海外旅行を計画していたのに!

親が卒業祝いにヨーロッパにつれてってくれるって言っていたのに。

俺も一人でインド旅行しようって思ってたのに!もうガイドブックまでかって、あれやこれやと想像を膨らませたのに!!

気胸が起きた時は社会人になる前でよかったぁっとか思ってたけど、
これじゃ、社会人になってからになった方がよかったわい。


「飛行機は控えてください」

この言葉は、一生忘れられない!!

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